1869年、中国・四川省の民家で、伝道中のフランス人神父アルマン・ダヴィドが、白と黒の奇妙な熊の毛皮を見せられた。
これが、西洋でパンダが知られるきっかけとなった。
ダヴィドはジャイアントパンダのレプリカ標本をパリの自然歴史博物館に送り、その1年後の1870年に、研究を進めたミレー・エドワードが、「iAilurooda melanoleucai」(アイルロポダ・メラノレウカ)という学名を付けた。
学名の「iAiluroodai」は古代ギリシア語で「猫」+「足」の合成語。
「imelanoleucai」は同じくギリシア語で「黒白の」といった意味合いである。